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帝国陸軍1


213 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2000/10/09(月) 21:03
某陸軍はドイツ軍ソ連軍と並んで「世界3大陸軍国」を称していたが、
開戦時全51個師団中、機械化(歩兵)師団は3個(近衛、第5、第48)
しかなかったそうだ。
214 名前:>213 [] 投稿日:2000/10/09(月) 22:58
機械化というよりブリキ化
215 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2000/10/09(月) 23:00
〉213
それでもアジアでは最強。
井の中の蛙というか夜郎自大というか。
せめて第一次大戦にでも参加してれば・・・・・・(変わらんか)
216 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2000/10/09(月) 23:18
>215
  ご存知の通り一応参加はしてますが、空き巣狙いのようなもの。
それでも日露戦争での機関銃装備の陣地攻略の教訓はいくらか活かせたそうです。
要するに後知恵はあるが先を見通せないのね。
観戦武官も欧州にいってるはずだが何見てきたのか・・・
217 名前:名無しの権兵衛 [] 投稿日:2000/10/09(月) 23:49
>観戦武官も欧州にいってるはずだが何見てきたのか・・・

そう、観戦武官は欧州で一次大戦が凄まじいまでの総力戦
だと思い知ったのです。
そして彼らはこう結論を出しました
「日本がこのような戦い方をすれば、間違いなく破産する」
・・・と。
その発想が「歩兵の銃剣突撃」や「精神論」を生んだのでしょう。
でも何かやらないとだめだとは、流石に思ってたようで、例の
宇垣軍縮に至るわけです。
218 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2000/10/10(火) 00:00
>216
たしかに某国では優秀な観戦武官もいましたが某国との紛争が
悪化するにつれ、自国の悪い点を指摘する人物は臆病者として
左遷されるか予備役にされましたから。
あとに残ったのは声のでかい威勢だけの奴かその追従者のみで
したから某国に敗れたのも必然でしょう。
220 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2000/10/10(火) 02:02
>某陸軍はドイツ軍ソ連軍と並んで「世界3大陸軍国」を称していたが、
>開戦時全51個師団中、機械化(歩兵)師団は3個(近衛、第5、第48)
>しかなかったそうだ。

それによう、213.
世界三大陸軍国なんて、当時、どこの誰が言ったのか、述べてみよ。

石原莞爾は、すでに、
「ポーランド並」
と当時から公言していたのだよ。
キミらよりはるかに頭がよく現状認識していた連中だった。
なのに、大戦に突入したってこと
221 名前:>220 [] 投稿日:2000/10/10(火) 02:07
時にポーランドって、ナチの機甲師団が蹂躙する前は、
世界で最も強い陸軍だって言われていたって本当?
222 名前:まさかでしょ>221 [] 投稿日:2000/10/10(火) 02:48
おフランス陸軍が最強と見なされていた。
223 名前:>220 [] 投稿日:2000/10/10(火) 03:16
>>220 まけるとわかっていたのに開戦したということか?

  もし、そうだとしたら、どのへんで停戦。講和、……の、つもりだった
のだろか?
  それとも、そういう展望はなかったのか?
224 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2000/10/10(火) 03:27
>>223
展望があったらあんなに泥沼化してないと思ふ
日露とは大違いだね,ホント
225 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2000/10/10(火) 03:45
影響力のある指導者を抱かず
個別の作戦しか頭にない陸大出のミリオタが
それぞれ独断専行で突っ走ってしまった結果があれです。

一応,国防方針では短期決戦(powered by 精神力)が謳われていたはずですけど
支那事変は戦争ではないという建て前だったので
徐々にしか兵力を増強できず,結果として泥沼になったのではないでしょうか?

この辺はアメリカのベトナム介入にも似てますけどね。
226 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2000/10/10(火) 03:47
× 影響力のある指導者を抱かず
○ 影響力のある指導者を戴かず
228 名前:>220 [] 投稿日:2000/10/10(火) 08:49
それによう、213.
世界三大陸軍国なんて、当時、どこの誰が言ったのか、述べてみよ。

元本は伊藤正徳著「帝国陸軍の最後」1に明記。文庫本化もされている。
この人は当時有名な記者で「連合艦隊の栄光」等著書多数。
16年現役当時51個師団200万 はソ連・ドイツについで第3位。(軍事費も)
229 名前:>228 [] 投稿日:2000/10/10(火) 09:00
俺もその本読んだが、たしかにそう書かれていた。
開戦当時はたしかにアメリカよりもずっと大規模な軍隊だったようだ。
武器の近代化が伴わないうらみはあったが・・・との但し書き付きだが。
261 名前:真・ソニック [] 投稿日:2000/10/13(金) 19:33
歴史群像シリーズの「旧日本陸軍機甲部隊」のイラストで
シャーマンに歯が立たない89式が「体当たり」してる様が
描かれていたが、殆どギャグの領域としか・・・不謹慎ながら
262 名前:>261 [] 投稿日:2000/10/13(金) 19:58
体当たりは意外と戦車戦で多いらしい。

撃ち合いで負けるシャーマンがケーニヒスティゲールに体当たりした話もある。
266 名前:名無しさん@1周年 [] 投稿日:2000/10/13(金) 20:24
>>261
>>262
ノモンハンでは、攻撃をことごとく跳ね返し味方を蹂躙すソ連戦車に対する怒りから、
BTの砲身にぶら下がるようにしがみ付き、砲口に噛み付いた兵士が居た。
戦車の突撃よりも壮絶な話。
だが、そのまま砲弾を発射されて下あごから上部がふっとんだ。
涙が止まらないよ。
376 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 [] 投稿日:2000/10/18(水) 23:32
日本陸軍は潜水艦も空母も魚雷も護衛艦も自主開発しようとした。

アホかもしれない
377 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 [] 投稿日:2000/10/18(水) 23:44
文部省と科学技術庁でお互い独自にロケットを打ち上げようとしているから。
案外笑えないのかもしれない。
378 名前:名無しさん@ [] 投稿日:2000/10/19(木) 00:58
日本国の下水道網建設は、
建設省と農林水産省と、もうひとつなんだっけ
独自に建設されている(笑
(情けなさ
474 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2000/11/04(土) 13:22
帝國陸軍は脚気の原因を 森鴎外 軍務医局長の面子のため、細菌説を固持。
兵士にビタミン不足をもたらし、大量の病死者をもたらした。

日清戦争における 帝国陸軍の戦死者  453名
          兵士の脚気死亡者 4064名

日露戦争における     戦死者 約85600名
             脚気死者 約27800名

戦死者の多くも 脚気に罹りフラフラな状態で 無謀な突撃で ロスケの機関銃の
餌食になった方だ。
875 名前:業界の果て[] 投稿日:2000/11/15(水) 13:03
帝国陸軍の擲弾筒って知ってます? 携帯迫撃砲みたいなモンなんやけど、
これの地面に固定する部分がアメリカ人の膝にぴったり当てはまったらしい。
で、接収した米兵が膝に当てて試射したところ・・・。
  大腿骨を折って野戦病院域になったということです。
134 名前:名無し三等兵[] 投稿日:01/10/04 21:47 ID:wX9iUtJQ
陸軍は大正10年に拳銃付き軍刀である「試製拳銃付軍刀」の試作を命じた。
これは南部式自動拳銃のグリップ部分の真上に軍刀を付けたもので、
横から見ると「十」の形に見える。
普通の銃剣とは付け方がまったく異なるものだ。
騎兵隊が拳銃と軍刀の両方を装備しようとしたため合体させたものだが、
もちろん軍刀としては使いにくく、拳銃としても撃ちにくく失敗に終わり、
普通の軍刀と拳銃の両方を装備した方がよいとの結論に達した。

こんなの真剣に考える陸軍はやはりドキュソか(w
166 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:01/10/05 15:02 ID:v4tsGK92
日本の95式軽戦車の転輪の間隔が中国の畑の畝の間隔とちょうど同じだったので
畑を横断すると車体が激しく振動してしまい、改修・・・・って小ネタ。
615 名前:£@歴史抹消主義[] 投稿日:01/10/16 22:57 ID:+vDlvoSh
帝國陸軍では、緊急の場合、止血剤の代りに傷口に、直にタバコの葉を当てたと
タバコを当てていたそうな……

  ニコチンには、体内に入ると血管が収縮するからなんですけれどもねぇ……
  危なくないかなぁ……
624 名前:名無し三等兵[] 投稿日:01/10/17 00:06 ID:tdRdebvG
>直にタバコの葉を当てた

中世の船乗りもこれしてたよ
ヨーロッパから伝わったのかもね。
625 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:01/10/17 00:13 ID:a5eRsaIu
消防の時、母親に教えられてタバコの吸殻でやってみたことがある。
  確かに血が止まるのは早かったが傷にしみてすげえ痛かった記憶が。
652 名前:名無し三等兵[] 投稿日:01/10/17 11:21 ID:NAOg47j9
>>615
トルコの民間療法で同じのがあるよ。
ヒルに肩こりなどのうっ血した部分をすわせるのだけど、ヒルのだ
液には血液の凝固作用を無効にしてしまう成分が入っているので、
ヒルをとった後(火のついたタバコなどを近付けるところりととれ
る)、止血剤として患部にタバコの葉を擦り付けてた。
673 名前:名無し三等兵[] 投稿日:01/10/17 22:12 ID:CElYIGlE
>>615
大藪春彦の小説の中でもほぐしたたばこで止血する描写がでてくる。
厨房の頃よく読んでたんで、大人になって思いだしやってみたけど、
しみて痛かった(笑
101 名前:名無し三等兵[] 投稿日:01/11/04 22:48 ID:l042zYiq
陸軍中野学校二俣分校の卒業試験は、いつのことかは定かでないが、
「浜松陸軍飛行場の爆撃機に爆弾をしかけてくること」だった時が
あったらしい・・・
102 名前:名無し三等兵[] 投稿日:01/11/04 23:56 ID:K+qqopUx
>>101

映画『陸軍中野学校』で、そんなシーンがあったような気がする。
177 名前:£@歴史抹消主義[] 投稿日:01/11/13 22:51 ID:vaQi+jqh
 中野学校のカリキュラムで教えられてた内容からの抜粋です。

「潜行」
敵軍用犬からの退避方法
2 雌犬の膣部分と同じような匂いのする液体をビンに入れて持ってい
て、逃げるとき道路に撒いておくと、追跡の軍用犬が雄犬の場合は、そ
の匂いにひかれて効果がある。

……これを読んで思ったのですが、こんな事が書いてあると云って事は、
日本陸軍って「雌犬の膣部分と同じような匂いのする液体」を開発し、
それを中野学校出身者に携帯させていたのでしょ〜か?(苦笑)

ネタ元は 【陸軍中野学校 加藤正夫 著 光人社】 です。
182 名前:£@歴史抹消主義[] 投稿日:01/11/13 23:35 ID:vaQi+jqh
 帝國陸軍の話です。
  帝國陸軍が輸送船で兵隊を送る時は、12畳ほどの船室に三段の棚を
作り、一段のスペースが2畳ほどの広さしかないトコロに7〜8人の
兵隊を押し込んだそ〜です。 これがどれぐらいの酷さかと云うと、
ナチスが作ったラーベンスブリュック強制収容所内にあった「これ以
上人を詰め込んじゃうと、おかしくなっちゃうよ」と云う狂人房と同
じぐらいの積め込み具合だとか…… ま、輸送船の場合、人でごった
返してるモノの、一応船内を移動できるから、まだマシなのかもしれ
ませんが、それでも酷い扱いですね。
  食事環境も劣悪で、栄養失調で顔がむくんできたり、水不足で馬が
バタバタ倒れたりしたそ〜です。
  で、やはりこ〜ゆ〜状況だと、精神的におかしくなる人が出てくる
そ〜で、一人でブツブツと言う者や、突然、ズボンを下ろして自慰を
始めてしまう者が出たとか……

  下っ端には酷い所だと思います。帝國陸軍って……
183 名前:£@歴史抹消主義[] 投稿日:01/11/13 23:40 ID:vaQi+jqh
 松代大本営の構築工事は極秘裏に行われていた。 どれぐらい極秘だったかと言
うと、当初「松代に大本営を作る!」と自分で勝手に決めた陸軍以外、誰も……海
軍も政府も知らされてなかったぐらいである。
405 名前:名無し三等兵[] 投稿日:01/12/11 00:26
終戦間近、陸軍は黒い凧を揚げていた。
敵機が来ても遠目からは飛行機に見えるだろうと。
408 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:01/12/12 02:04
海外で聞いた話
大戦末期(後?)ソ連軍の地平線をも埋め尽くすほどの戦車に
ある日本兵が特攻し、日本刀で切りつけたそうだ。
無論戦車の装甲に日本刀だから結果は目に見えているが
なんとその直後、その日本兵に周りに居た多くの戦車(攻撃を受けた戦車も含めて)
が驚いて動きを止めたとか。

もちろんその後は想像つくだろうが、大戦末期の日本軍がいかに非力だったかを
いやみつきで聞いたお話。驚き度低いからsage
412 名前:名無し三等兵[] 投稿日:01/12/14 00:37
今日買ってきた「工兵入門」(佐山二郎著)に書いてあった話。

# 書評スレにあった「どこが入門やねん」という評に激しく納得。濃いです(笑

陸軍が、上陸用の特設艦艇や輸送用の潜水艦を持っていたのはよく知られた話。
ところが、それだけではなく、輸送船を護衛するために高射砲を備えた「対空船」
対潜装備を備えた「対潜船」まで保有していたそうな。
932 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:02/01/28 02:24
昭和初期、横断歩道を信号無視で渡っていた陸軍二等兵と、それを注意した警官が
にらみ合いになった。
「軍人だろうが、法律は守れ!」「軍人は憲兵にしか注意は受けん!」

結局交番に連れて行かれて説諭だけで帰されたのだが、それを知った師団長が激怒。
「天皇陛下の赤子たる軍人を怒鳴りつけるとは!」

大阪府警本部長も反論。「警察官も銃後の国を守る陛下の赤子である!」

事態はエスカレートし、マスコミでも報道され、ついには軍部と内務省の
対立にまで及びました。
933 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:02/01/28 03:43
>>932
ゴー・ストップ事件ですな。
以前、この事件を取りあげたテレビ番組があったね。
934 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:02/01/28 07:28
コレは一方的に軍人が悪いと思うが・・・
そう思うのは俺が
今の時代に生きる人間だからなんだろうか?
935 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:02/01/28 07:38
>>934
いや、当時もそう思った人が大勢居て、その筆頭は昭和天皇だ。
936 名前:名無し三等兵[] 投稿日:02/01/28 12:49
>>932  
だれだか、 「憲兵隊が軍と別系統の国家直属の機関だったら、
        軍官僚の暴走をおさえられただろう」ていってだな。
(兵頭さんだっけ?)
        ナチスドイツの SS、 ソ連の チェーカー(後のKGB)とか
        軍を取り締まれる組織があれば良かった、とか・・・
        フランスも確か憲兵隊は内務省管轄だったと思うし・・・
        どうなんだろうね?
937 名前: [] 投稿日:02/01/28 12:58
>932
この兵士は確かその時は映画を見るために出かけたらしい。
当然両者の意見が食い違い、兵のほうは「交番でド突かれた」といい
警官のほうは「兵士が怒鳴り散らした」と言っていた。
のちに手打ちが行われ両者が握手をしてその写真が新聞に掲載されて
事件としては終わった。
私は個人的にいえば公務以外で信号無視した兵士が悪いと思う。
938 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:02/01/28 13:00
>>936
竹橋事件あたりがそのチャンスだったかもね。
軍人勅諭でお茶を濁してる場合じゃなかった…
17 名前:眠い人 ◆ikaJHtf2 [sage] 投稿日:02/02/09 21:57
弾薬ネタと言えば、愛知県伊良子岬にあった旧陸軍の射場の話。

其処には連絡用のトロッコが敷設され、射爆場の監的壕と要塞砲の連絡を行っていた。

ある日のこと、一トン爆弾用の新型爆薬のテストが行われることになり、板橋から火工長
がやってきた。
指揮所にて最終確認を受け、監的壕の前に設置された爆弾に向けて火工長以下5名の
作業員がトロッコに乗って出発した。
火工長は軍服を着ており、残りは作業服に麦わら帽という出で立ちだった。
遅れて、見学者を乗せたトロッコが出発した。
そのトロッコが走っていたとき、突然レールに稲妻のような閃光が走り、試験用の爆弾が
爆発した。

勿論、先に出発した火工長と作業員は粉微塵になって吹っ飛んだ。
しかし、作業員の遺体の一部は其処此処にあるのに、火工長の遺体だけが存在しない。

捜索隊は必死になって探した。
ふとコンクリートの壁に目をやると、人間の形をした影が浮き上がってきている。
コンクリートの合わせ目に、軍服の生地のような糸屑が霜降りの如く細く一面に挟まり込
んでいた。
火工長は、爆風で吹き飛ばされた拍子に肉体と軍服を壁に圧入されてしまったのだ。
その肉体に込められた脂血が時間の経過と共に化学変化を起こし、浸みだしてきていた
のである。

事故処理班が軍服のなれの果ての糸屑をピンセットで取り出し、人型を拭い去った。
しかし、翌日早朝、事故処理班が現場に行くと、また人型が浸みだしている。
このままでは士気に影響すると考えた処理班長は、壁を擦り続けた。
それでも、人型は怨念のように翌日には現れている。
逆上した処理班長は自らセメントを塗りたくった。
ところが、また人型が滲み出ていたと言う。

ついにたまりかね、タガネでコンクリートを片端から削り取り、分厚くセメントを
塗ることで漸く人型は滲み出なくなったという。
18 名前:名無し三等兵[] 投稿日:02/02/09 22:01
>>17
怖……
19 名前:題して『坂の上のホモ』[] 投稿日:02/02/09 22:02
怖いネエ。ポーみたい
20 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:02/02/10 00:47
>>16
そーゆう危険な作業にもかかわらず、不発弾処理の危険手当って何千円とかじゃなかったっけ?
もー少し報いてあげればいいのに…
誰か本職さん、知らない?
166 名前:こんなのどう?[] 投稿日:02/02/21 23:40
 日露戦争首山堡の戦いに参加した熊本第六師団の或る輜重輸卒の話。輜重輸卒
っていうのは、まあ、アレです。「輜重輸卒が兵隊ならば電信柱に花が咲く」

  ある日、彼に要務を命じた上官がふと質問した。
「お前は字は書けるか?」「はい」
「小学校は出たか?」「はい」
「中学校は?」「出ました」
「まさか大学までは?」「東京帝大です」

  彼はその後司令部に招かれ、将校待遇(作戦地図作成任務)になったという。
167 名前:名無し三等兵[] 投稿日:02/02/21 23:45
>>166
ありえんだろ。実話か?
168 名前:166[] 投稿日:02/02/21 23:49
マジ。
いやあ、「信じられないが」という趣旨に合わないかと思ったけども、
そのリアクション頂けるなら大丈夫みたいね。ホッとした。
169 名前:名無し三等兵[] 投稿日:02/02/21 23:51
>>166
なぜ、帝大出がそんなところでそんなことを…
170 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:02/02/22 01:50
>>169
たぶん書類上のミスでしょうby佐藤大尉
171 名前:166[] 投稿日:02/02/22 02:26
 職能・学歴などへの細かい配慮はハナから無かったんでしょうな。
  あったうえでのミスなら笑い話だが、元から無いと信じられない話になる……。

  ソース書くの忘れてました。
「一億人の昭和史 日本の戦史1日清日露戦争(毎日新聞社・昭和54年)」
173 名前:名無し三等兵[] 投稿日:02/02/22 03:05
>>166
>輜重輸卒が兵隊ならば電信柱に花が咲く

それも言うなら
「輜重輸卒が兵隊なら、トンボも蝶々も鳥のうち」だぜ。

ちなみに
『日本勝った・日本勝った・ロシャ負けた♪
  ロシャが日本に勝ったなら♪
  電信柱に花が咲き・絵に描いたダルマさんが踊り出す♪』

つーザレ歌が、当時の花柳界に流行した、それとの混乱だろう。
174 名前:173[] 投稿日:02/02/22 03:28
>>171
日本の徴兵制度は、かなり公平で厳格なものだった。
(ここらが某国と全くちがうー笑)
家の跡取り(長男)にたいする配慮は、かなりあったが、
あとは体格だけで、学歴・貧富・出自は、ほとんど考慮されなかった。

都会住の子供を呼び、わざわざ郷里で徴兵検査を受けさせるのも、
一般的な傾向で、ひとつには農村の体格強靱な若者達の中では、
都会っ子は見劣りするので、徴兵されにくく、また前線部隊に配置され
にくかろうと言う思惑からそうなった。

事実、帝大出の兵士がけっこういたらしい。職業軍人であった亡父から
何度か聞いたことがある。
(海軍は志願兵が主体なので、帝大出の水兵はたぶんいないだろう…)
190 名前:名無し三等兵[] 投稿日:02/02/23 00:46
>>174
徴兵検査で兵役に適すると判定されたものの一部が現役兵として『徴集』され,
その他の大多数は補充兵として,既に現役を終えた人々とともに在郷軍人(“待機集団”)
に組織された。そして,兵力が不足すると,これらの“待機集団”が,
「赤紙」と呼ばれた召集令状により,軍隊にかり出されたのである。
だが,
連隊区司令部では,金品と引換えに,原簿の破棄や兵役に耐えられない病歴
の記載等の不正が行われた。招集を逃れた者の職業をみると,
軍需景気で儲けている人や会社の重役が圧倒的に多く,その他配給業務に携わる幹部,
料理屋の主人,群を抜く地名人であった。
まさに「地獄の沙汰も金次第」とはこのことである。”名誉ある招集令状“は
不名誉な手段によって悪用されたわけである
(『新聞集成・昭和史の証言』第18巻497頁)。

こういうのもあるじゃねえか嘘つき。
195 名前:166[sage] 投稿日:02/02/23 01:30
>190
  「基本的には、大概はこうだった」「でもね、裏技もあったのよ」
これは並立するよ。嘘つきとはチト興奮しすぎでは?
  174には「電信柱に花が咲く」を改めてもらったのでちょっと擁護。
197 名前:名無し三等兵[] 投稿日:02/02/23 03:25
>>166
戦役拒否で志願しなくて、運悪く一般徴兵に引っかかってしまった
インテリ学士も結構多く、博士号所持者が「二等兵」なんてことも
それほど珍しくなかったらしい。
有名なプロ野球投手が徴兵されて、戦地で「神業の手榴弾投げ」と
もてはやされた話もある。
娑婆(しゃば)と軍隊とは全く別個の価値観を持った世界だった。
204 名前:名無し三等兵[] 投稿日:02/02/23 14:20
>>197
>有名なプロ野球投手が徴兵されて、戦地で「神業の手榴弾投げ」と
>もてはやされた話もある。

沢村かぁ?
205 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:02/02/23 14:51
多分そうでしょうね。

沢村選手は二度も応召されて、そのとき何度も手榴弾の
模範投擲をさせられたそうです。
ところが手榴弾の投擲と野球の投球はぜんぜん形が違うのに
無理に投擲をしたために二度の応召から帰ってきたときは肩を壊して
往時の剛速球の面影はまったくなかったそうです。
そして三度目の召集で彼は台湾戦で戦死しました。

以上は聞きかじりの話です。
206 名前:名無し三等兵[] 投稿日:02/02/23 16:37
あと沢村は兵役検査の時に撮った胸のレントゲン写真を新聞に掲載されて、
「これこそが皇国の健康優良なる男子の心臓の見本だ!」と宣伝に使われ
たとか。
209 名前:名無し三等兵[] 投稿日:02/02/23 17:45
手榴弾投げで思い出したが、西武・松坂の爺様は陸軍の手榴弾投げコンテストの
優勝者だそうだ。スポーツ紙で「祖父譲りの強肩」という記事を見たことがある。
670 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:02/04/02 10:52
帝国陸軍の高速戦闘艇「カロ艇」は、帝国海軍の魚雷艇よりも
高速・高性能だった。
676 名前:名無し三等兵[] 投稿日:02/04/02 13:09
>>670

帝国海軍魚雷艇の機関は焼玉だったっていうのも、
信じられないが、本当だ。
678 名前:名無し三等兵[] 投稿日:02/04/02 13:25
>>676
数を揃えようとしたら人の問題が出てきて、
グローだと漁村出身者とかでも整備できるので
まあ妥当な選択かと
811 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:02/04/13 02:13
旧帝国陸軍の戦車兵操典には
「戦車はみだりに対戦車戦闘をするべからず」とあった。

……いや、コレは「泣ける話」かな…・・・
23 名前:(-_-(-_-)[明日も仕事!美人が客先居るかな] 投稿日:02/05/24 23:40
1942年10月、チモール島ラウテン付近、木下経兵長以下3人が
トラックにて走行中、襲撃してきたグラマン戦闘機。

排水溝に身を伏せる3人、38式歩兵銃を放つ木下兵長。
ナンとその弾丸は、操縦士の眉間を打ち抜き撃墜に成功。

コレと類似した事が、ビルマでも有ったそうです。
ソースは、≪天皇と戦争責任。p222 児島襄著≫
アメリカでは、コレに似た事は報告されていないそうです。
ドイツ、イギリスでは無かったのでしょうか??
629 名前:眠い人 ◆ikaJHtf2 [sage] 投稿日:03/07/18 23:57 ID:???
そう言えば、日本陸軍機の初期の国籍マークは、白丸に赤星だったりする。
202 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/08/20 22:51 ID:???
シベリアに連れて行かれた日本陸軍将兵。
あるラ−ゲリでは、彼らに松の葉っぱを煮出した汁を飲ませたそうだ。
苦くてとても飲めた物ではないそうだが、体には良かったらしく
そのラ−ゲリで死んだ人はいなかったとか。
721 名前:眠い人 ◆ikaJHtf2 [sage] 投稿日:03/10/09 00:34 ID:???
陸軍士官学校など各種学校で、対米戦教育(ア号教育)が始まったのは、
1943年8月〜12月のこと。

1941年12月に対米戦が始まってからもずっと、対ソ戦、対支戦の教育を
行なっており、想定戦場は南方のジャングルではなく、北満とシベリアの荒野
だったりする。

経理学校でも、ジャングル戦での部隊給養は全く考えられておらず、大陸での
野戦給養をどうするかに重きが置かれていた。

これらア号教育への切り替え開始は1943年8月だったが、カリキュラムが決ま
らず、教育開始は12月にずれこんだ。

で、その教育内容たるや、

「殆ど光を通さない様な、真っ黒な眼鏡を掛けさせられ、森の中を。その眼鏡の
  先導で行軍したりする。
  ジャングルの中の夜間行軍のつもりである。
  しかし、全員が付けるだけの眼鏡がないため、小隊長、分隊長等がつけて、
  後は見えないつもりになる」

様な泥縄式教育だったらしい。
242 名前:名無し三等兵[] 投稿日:03/11/15 02:08 ID:FK+u09VB
ガソリンの一滴は血の一滴といわれている 大戦中の日本 当時陸軍飛行隊の
整備兵の服が油で汚れると特殊液体石鹸と称してガソリンで洗濯をして油汚れを
落としていたらしい
313 名前:眠い人 ◆ikaJHtf2 [sage] 投稿日:04/01/23 00:38 ID:???
大正時代、日本陸軍には戸山学校軍楽隊の他、関東軍、朝鮮駐留軍、近衛師団、
第三師団、第四師団に軍楽隊があったが、軍縮で戸山学校以外は廃止となった。
ちなみに、第四師団軍楽隊は大阪市音楽隊にそっくり移管された。

戸山学校軍楽隊はその後陸軍軍楽隊と改称したが、敗戦時、構成員212人の内、
81人を以て皇宮衛士隊の皇宮奏楽隊を結成したものの、1946年廃止され、
日本放送協会の日本放送吹奏楽団となった。
ところが、これも7月廃止され、希望者は東京放送管弦楽団に入った。
ちなみに、敗戦時皇宮奏楽隊に行かなかった人も、民間の楽団から
引く手あまただったという。
537 名前:名無し三等兵[] 投稿日:04/01/31 17:06 ID:9W8B/iU/
沖縄戦で低空射撃を仕掛けてきたグラマンを
パイロット狙って三八で落とした下士官がいたそうだ。
だが彼も機銃で撃たれてあえなく相打ち。
死後、二階級特進したそうだ。

538 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:04/01/31 18:46 ID:???
>>537
その話、例の久我山の高射砲陣地でもあった。
若い少尉さんが対空機関銃でグラマンと一騎打ち、
少尉さんは機銃掃射で亡くなって、
グラマンは火を吹いて墜落したとか。
地元のおばあちゃんが女学生だったときの話と聞きました。
その機関銃の取り付け座は今でも残っているそうです。
539 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:04/01/31 21:02 ID:???
>>537
その手の話は結構多いね。本当っぽいのから怪しいのまで。
辻ーんのは120%うsうわおまえなんだやめr
636 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:04/02/02 09:19 ID:???
日本初のゲイバーのママは少年戦車兵出身
558 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:04/04/17 21:55 ID:???
第二次世界大戦中、東京第一陸軍病院では女性自身そのもの
といえるような器具を使って、ある病気の診断を行っていた。
病気とは、つまりインポである。というのも、戦争で負傷すると、
その度合いに応じて将校や兵隊たちに一時金が支給されるシステム
になっていた。当然、男性器を負傷した場合だって一時金を受け取れる
のだ。ところが狡猾な連中になると、一時金欲しさに「我こそはインポ
なり」とばかりにウソの申告をするのである。これには病院側も頭を
悩まされた。なぜなら、このインポなる病気(?)、診断が難しい。
軍医といえども外見だけでは、さっぱりわからないのである。
そこで登場したのが「男性能力測定器」なる秘密兵器。
形といい、柔らかさといい、湿度、しめり具合までが女性自身そのもの
で、スイッチを入れると性交時のように動くのである。ただし、性能の
方は今いちだったとか。結局、あまり長くは使用されなかったようだ。
7 名前:名無し三等兵[age] 投稿日:04/05/05 21:02 ID:???
昭和13年6月 第19師団歩兵第75連隊が演習中止後
機銃手が安全装置をかけた十一年式軽機を、不動の姿勢をとるため
床尾板を地面につけた瞬間
空包が暴発し、機銃手の右眉間に命中死亡した

・・・空包が命中死亡?
8 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:04/05/05 21:05 ID:???
>>7
衝撃波でショック死したんじゃないのか?

グアムの射撃場でも心臓マヒで死ぬ奴が少なからずいるそうだから。
10 名前:名無し三等兵[] 投稿日:04/05/05 21:43 ID:IW/uQV4P
空砲の銃口の前方1mぐらいだと、檜の板に穴が空くくらいの威力が在るので
馬鹿にできない。
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